【サスガヤ】指ヶ谷小学校

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白山2丁目28番にある区立校。「さすがや」と読む。大正2年都市化により尋常小学校が設けられることになり、現在地が校地に選ばれ、所有者柴山家に再三交渉の末、1000余坪を45000円で買収した。校舎は9月に着工して翌年12月に竣工。同4年柳町・明化・御殿町の3校と私立の逸見小学校から900名の児童を移籍、新入生200名収容して18学級でスタート。「東京市指ヶ谷尋常小学校」として開校した。同5年5月大火があって、4、50戸を焼失。被災者を一時収容。同9年後援会結成。同13年校地拡張のため隣地細川家と交渉。幾度かの交渉の末、崖上を含む530坪ばかりを36941円で購入(後援会500円寄付)。 同14年後援会の工費800円寄付によりプール(8.4m×5m)完成。
 昭和3年プール20mに拡張。同6年山の石段竣工。戦争による軍事色濃厚となり伊勢参宮旅行、防空演習が行われ、同16年国民学校令により「東京市指ヶ谷国民学校」と改称。同18年都制施行により「東京都指ヶ谷国民学校」と改称。同19年宮城県松島白鴎荘に集団疎開。同20年10月集団疎開先から帰国。私立東光工業学校に一部教室貸与。同22年アメリカの強制による学制改革により「東京都文京区立指ヶ谷小学校」と改称。同24年後援会を解散しPTAに切り替える。

【校歌「朝霞」】 作詞・鈴木修山/作曲・福井直秋

  1.朝霞 御殿山辺に
    鳥歌う 欅の森よ
    我等は若木 青空仰ぎ
    日を浴びて 鍛えに鍛え
    日本の平和 讃えて行こう
    希望の光 今日も輝く
    ああ 指ヶ谷は楽しい学園

  2.咲き匂う 大山桜
    日に映えて 優しい花よ
    我等は若枝 真理を目指し
    一筋に 励みに励み
    日本の未来 担って行こう
    希望の光 明日も輝く
    ああ 指ヶ谷は我等の学園

 同34~38年鉄筋コンクリート造り校舎に改築。同39年体育館完成。同48年プール改修。同51年校舎外装改修。同53年校庭弾性舗装。屋上防水弾性補修。平成17年創立90周年。

指ヶ谷の由来
 『府内備考』によると、指ヶ谷は小石川村の民有地で、元和九年(1623)伝通院領となった。当時この辺一帯は人家もなく鬱蒼と樹木の生い茂った幽谷だった。ある時鷹狩の最中家康が放った鷹がいなくなり、家康が「その谷なり」と指を指した。それ以後名無しの谷は「指ヶ谷」と呼ばれるようになったとか。

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