【アオヤギ】青柳小学校

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大塚5丁目40番にある区立校。希望の坂と名づけた長い坂道を登っていくと校門がある。大正元年東京市有地(小石川区西青柳町7番地=護国寺西交差点内)敷地無償使用申請。同2年認可。同3年校舎落成。「東京市青柳尋常小学校」として開校。1年生371名入学。小日向台町尋常小学校から516名、黒田尋常小学校から274名、私立音羽小学校その他から137名移籍。1298名21学級でスタートした。校名の青柳は町名を冠したが、町名の青柳は、音羽と同様江戸城大奥の中﨟(御殿女中)の名前で、町域が拝領地だったことによる。同6年校舎増築。昭和16年国民学校令により「東京府東京市青柳国民学校」と改称。同18年都制施行により「東京都青柳国民学校」と改称。同19年宮城県鳴子温泉ホテルに学童集団疎開。10月疎開解除。同22年学制改革により「東京都文京区立青柳小学校」と改称。同23年校歌制定。

【校歌「柳にそよ風」】 作詞・服部嘉香教諭 / 作曲・井上武士教諭

  1.柳にそよ風 爽やかに
    今日も嬉しい青柳校
    学びの道を一筋に
    勤(いそ)しみ 励み 進もうよ
    みんなの日本をよくしよう

  2.徽章の桜は輝いて
    いつも楽しい青柳校
    正しい道を忘れずに
    明るく 強く 進もうよ
    みんなの日本をよくしよう

  3.時代の光に包まれて
    明日も明るい青柳校
    希望の道を元気よく
    手に手を取って進もうよ

    みんなの日本をよくしよう

  4.文化の林に分け入って
    真理の花を摘むは誰
    平和日本の曙に
    花束翳し進もうよ
    みんなで世界をよくしよう

 同32年道路向いの護国寺の旧陸軍墓地跡を買収、新校地決定。同35年大塚坂下町21番地(現在地)の新校舎に移転。9月プール完成。同37年体育館。同38年開校50周年記念式典。平成2年特別教室(家庭科室・音楽室・図書室・視聴覚室)全面改修。同3年給食室・主事室改修。同4年校長室・職員室・理科室・図工室全面改修。同6年開校80周年記念式典。同7年コンピュータ室新設。同10年校庭全面人工芝に改修。同13年給食民間委託。同16年開校90周年記念式典。

校章
 桜の花を取り入れたのは初代校長神蔵幾太郎が、

  見渡せば柳桜を扱き混ぜて都ぞ春の錦なりけり

 という平安時代の歌から採ったという。大正3年木立や清流に囲まれた自然の中に木の香も高く、開校当時の佇まいが彷彿として沸いてくる。文京区も本郷の辺りを除けば農村、江戸の田舎だったのだ。

●希望の坂(青柳の坂)
校門への登坂路。昭和53年3月6年生が卒業制作のレリーフを、坂道の東側の壁に取り付け、その時、今までの「青柳の坂」の名を子どもたちから募集。全員一致で「希望の坂」と決定した。元々は陸軍墓地への参道だった。
 平成6年10月開校80周年記念式典の時、次の歌が歌われた。

    希望の坂の上から元気な声が聞こえる
    青い空に 白い校舎 明るく歌う声
    緑に囲まれた青柳小学校
    この坂道は ぼくの宝だ いつまでも忘れない

「たてた時より美しく」の碑
記念碑。詳細不明。

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