【カゴマチ】駕籠町小学校

この施設 1km以内の周辺物件を見る

 本駒込2丁目29番にある区立校。大正11年4月明化尋常小学校内に、新入生170名を以て「東京市駕籠町尋常小学校」として開校。8月小石川区駕籠町41番地に普通教室26・特別教室2を持つ木造校舎完成。明化小学校から2学年以上の生徒687名を移籍、これに新入生を合わせた857名21学級でスタート。大正12年関東大震災の被害は無かったが、罹災者を収容。1ヶ月間を休校した。同16年国民学校令により「東京市駕籠町国民学校」と改称。12月日米開戦。同18年都制施行により「東京都駕籠町国民学校」と改称。同19年栃木県下に学童集団疎開。同20年空爆により、校舎が2度に亘る火災で灰燼に帰し廃校となる。同21年3月疎開解除により学童帰校。明化・昭和に分散。

 [復興]
 昭和33年地域の強い要望と、明化・昭和2校の不正常授業解消のため、駕籠町小の復興が計画され、駕籠町国民学校跡地にあった区立十中を双葉教科書会社所有地に移転させ、同34年旧校地に「東京都文京区立駕籠町小学校」として再開校。校歌制定。

【校歌「大空さして」】 作詞・松坂忠則/作曲・不明

 松坂は、駕籠町小学校第2代父母の会会長、元国語審議会委員


  1.大空さして健やかに
    伸びる緑の若竹を
    印に翳す
    印に翳す我ら

  2.名も文京の花香る
    学びの広野踏み分けて
    弛まず辿る
    弛まず辿る我ら

  3.籠目の綾に手を結び
    力合わせて新しい
    時代を作る
    時代を作る我等
     喜び溢れて
    望みに輝く
    我らの駕籠町小学校
    我らの駕籠町小学校

 同38年プール完成。同38年鉄筋コンクリート造り校舎2階建て体育館完成。後に1階は駕籠町幼稚園となる。同41年~43年全面建替え。

このページのTOPへ