【オトワ】音羽中学校

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 小日向2丁目16番にある区立校。平成21年4月第五中学校と第七中学校を統合して新設、第五中学校跡地に開校した。大塚1丁目9番に新築される校舎に移転する。

■第五中学校 統合のため閉校

 昭和22年学制改革により区立中学校の一つとして小日向台町小学校内に開校。同24年6月2学年、10月1学年黒田国民学校跡地に移転。同25年関口台町小学校にて校歌発表。10月全生徒黒田国民学校跡地に移転完了し独立校舎となる。

【校歌「都鳥舞う」】 作詞・浪本蕉一 校訂・窪田空穂  作曲・信時潔

  1.都鳥舞う江戸川の
    流れに近き丘の上
    古き由縁の地を占めて
    我が学舎は聳え立つ

  2.この学舎を家として
    師の御教えに導かれ
    友同胞(はらから)と睦みつつ
    学びの道に勤しまん

  3.国の朝明け 鳴り渡る
    自由の鐘は人類の
    幸を目指して学べよと
    我らの胸に響くなり
  4.光遍く地に満つる
    新しき世を築くため
    心は広く大らかに
    相携えていざ立たん

 同26年から校内諸施設の充実化に着手、音楽室・理科室・図書館・工作室・家庭科室などの特別教室整備、校地も隣接の開成館の敷地を買収して拡張した。同28年講堂改修。この頃区立中学の連合行事に頻繁に使用された。同31年玄関改修。同32年休館3階改修。旧黒田国民学校時代の校庭と開成館跡地の整備。同32年10周年記念式典。同34年理科用備品、工作室の機械類の設置。新校舎建設のため隣接地の購入。同35年新館落成。段差のある運動場に土盛りして第一と第二運動場を平面接続。社会科室・第二理科室・技術科室を設置。同36年講堂の床の張替え。旧館北側のサッシュ窓取替え。37年8校舎増築。同38年旧館南側サッシュ窓取替え、壁の一部補修。同39年ミルク給食室新設。同40年玄関の塗装。全教室に蛍光灯取付。同42年給食調理室新設し完全給食実施。創立20周年記念式典。同43年旧館3階4教室の床板、屋上コンクリート床改修。校壁金網改修。同45年11教室の防音工事、送風機の設置。同47年創立25周年記念式典。同49年校庭をウォークトップ舗装。災害用井戸完成。同50年玄関庇(ひさし)取付。校庭外壁改称。同51年講堂照明改修。同52年念願の隣接地を買収し第二校庭とする。同53年この地にあった黒田小学校100周年記念式典。同55年第10回全国中学校バスケットボール大会準優勝。同56年新体育館落成。校庭全天候型舗装。平成2年旧校舎改修。同4年新校舎改修。同5年創立50周年記念式典。同21年3月七中と統合のため閉校。音羽中学校となった。

第七中学校 閉校

 同22年学制改革により、小石川工業学校内に開校、同23年関口台町小学校内に移転。同26年現在地に新築移転。同29年2教室増築・炊事場完成。校歌制定。

【校歌「大塚台の緑萌え」】 作詞・国語教諭中西美智子  作曲・音楽教諭山本洋子

  1.大塚台の緑萌え
    わが学舎は高く立つ
    春 花匂うこの丘に
    ああ文京七中の友よ
    高く高く学び進まん

  2.溢れる光 身に浴びて
    力の限り励みつつ
    夏 大空のその下に
    ああ文京七中の友よ
    強く強く身体鍛えん

  3.学びの窓に幸ありて
    富士の高嶺の遠く立つ
    秋 澄み亘るこの庭に
    ああ文京七中の友よ
    深く深く真実(まこと)求めん

  4.険しき道も乗り越えて
    我らの窓に光あり
    風 吹きすさぶ冬の日も
    ああ 文京七中の友よ
    堅く堅く心結ばん
  

【応援歌「澄み行く空の」】 作詞・河野幸子  作曲・福屋正之

 校歌が制定された昭和29年度の「友報」に掲載されている。資料から作者は当時の在校生だと思われるが、作られたときの経緯など全く不明。学校では情報を求めている。

  1.澄み行く空の光を浴びて
    今日こそ奮わん我等の腕を
    どんな強敵おそれはしない
    元気一杯打ち破る
    頑張れ負けるなテープは近い
    奮え奮え我等の七中

  2.輝く空の光を浴びて
    今日こそ見せん我等の業を
    胸に勝利をしっかり抱き
    競えたたかえ思いきり
    頑張れ負けるなゴールは近い
    奮え奮え我等の七中

 同31年2教室・職員室・校長室・事務室・玄関落成。同35年鉄筋コンクリート造り校舎第一期工事落成。同43年給食調理室落成。完全給食実施。同45年鉄筋コンクリート造り校舎第二期工事落成。同49年体育館改修。同51年鉄筋コンクリート造り校舎第三期工事落成。同54年第一期校舎サッシュ化工事。体育館屋根改修工事完了。平成9年創立50周年記念式典。少子化による生徒数減少のため、同21年五中と統合のため閉校し、音羽中学校として五中跡に開校した。
 跡地は音羽中学校の運動場となる。

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