【メイダイ】茗台中学校

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春日2丁目9番にある区立校。昭和35年小石川高等学校跡地(小石川高等小学校故地故地)だったところ同心町に20番地(現在地)に「東京都文京区立第十二中学校」として開校。間もなく「地域と密着させ、個性ある学校にとの関係各位の要望から、校地が茗荷谷の台地に位置するところから「東京都文京区茗台中学校」と改称した。開校とともに始まったのが校舎の清掃と整備で、職員生徒一丸となって努力し、日数を費やして本来の姿に戻してから授業は始められた。生徒は、金富・小日向・指ヶ谷・柳町・礫川・窪町・その他の小学校からの新入生275名と、一中・三中・五中から移籍の2年生115名でスタートした。通学区は一中・三中・五中から割いたので、新入生は6校の小学校からやってくることになり、それは現在も変わらない特色となっている。校舎は、定時制工高と共用(普通教室9、特別教室1、講堂)したものもあり、専用は普通教室9、特別教室7、管理室12という状況だった。生徒川森節子作詞作曲「小高い丘」が校歌的に愛唱され、生徒・卒業生・父母に歌われた。同39年4年間定時制工高との同居が続いたが、工校は新宿区富久町の本校に移転、念願の完全独立校となった。同40年創立5周年記念式典・校歌制定。これまで歌われた「小高い丘」は生徒会々歌となる。

 【校歌「若い光」】 作詞・勝承夫  作曲・平井康三郎

  1.若い光を翼に受けて
    羽ばたく若鶏 伸び行く我ら
    自主の意気 溌剌と
    燃え上がるこの窓は
    世界の空を見晴らすところ
    茗台中学 我らの母校

  2.芽吹く緑も優しく強く
    揃う若竹 根強い力
    新しい日本を
    担うものここにあり
    平和の文化 楽しく築く
    茗台中学
 弛まず進む

  3.夏の四阿山 瞼に晴れて
    夢見る若人 変わらぬ誓い
    友情を何時までも
    この胸に何時までも
    称えて歌おう果てない未来
    茗台中学 我らの母校

 同42年プール完成。同43年校庭拡張。同45年創立10周年記念。同48年体育館竣工。同55年開校20周年記念式典。

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