地名の由来「板橋区編」

板橋区の変遷と由来等

板橋区の変遷  現在の板橋区の区域に入る江戸時代の18ヶ村は、慶応四年(1868)6月19日山田政則武蔵知県事に所属、武蔵知県事は勘定奉行代官を名称変更し職務を継続したもの。同年9月8日明治改元。  明治2年9月19日武 …
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【アイオイチョウ】相生町の由来 

 昭和30年東京都が橋梁調査した時、同14年の架橋で老朽化し通行不能の橋があり、同32年志村坂下小学校の建設が始まると付帯工事として耕地東側道路も整備され、その一環として老橋も架け替えられた。住民はこの名無し橋に「隣人愛 …
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【アカツカ】赤塚の由来 1丁目~8丁目

 地名の由来は「赤塚」という塚があったことによる。「土跡」とも呼んだ赤塚は、8丁目3番の松月院の前、檀徒会館・田中屋酒店の辺にあった。村人はこの塚に神明社と白山社を祀り、鳥居に「赤塚」の額を掲げ、触ると祟りがあると恐れて …
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【アカツカシンマチ】赤塚新町の由来 1丁目~3丁目

 この「新町」は「新しいまち」の意ではなく、新田と同義で「新しい開墾地」のこと。赤塚村の農民によって開かれた新しい村、第2赤塚村の意。  判りやすくいうと、赤塚新村、新赤塚村といったところ。新田・新町は江戸時代以後の開拓 …
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【アズサワ】小豆沢の由来 1丁目~4丁目

 ①、「アズ・アサ」は「地崩れし易く開墾するに不向きな湿地帯」という地形説。  ②、小豆説  ③、梓(あずさ)の転訛説  ①の地形説は「阿佐ヶ谷」や「飛鳥」が同類だ。また②の小豆説には伝承が二つある。一つは平将門の手の者 …
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【イズミチョウ】泉町の由来

 清水町としたかったがあまりにあからさまなので、清水の名の由来であるところの今は涸れてしまったが名泉「出井」から命名された。  前野村の内。昭和36年志村清水町・志村小豆沢町の各一部をあわせた町域で泉町とし、同47年新住 …
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【イタバシ】板橋の由来 1丁目~4丁目

 石神井川に架かり中山道を通した木橋の名前による。床面が板製の橋の意だ。  現在の板橋は、板の橋ではなくコンクリート製だが、木橋のようにしつらえてある。ただ戦後蛇行していた川筋を直線化したので、現在の橋は江戸時代の橋の位 …
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【イナリダイ】稲荷台の由来 

 江戸時代この辺りを知行した旗本新堀玄蕃が屋敷を構えて稲荷を祀った日暮里山を村人が「稲荷山」といっていたことにちなむ。環七通りを跨ぐ姥ヶ陸橋の南の住宅地。「板橋城跡では?」と考えられもしている。  下板橋村の内。明治22 …
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