【ウエハラ】上原の由来 1丁目~3丁目

 小田急線の高架になっているところに「代々木上原駅」がある。これは「祖師谷・大蔵」や田園都市線の「池尻・大橋」のように二つの地名を合体させた名前じゃあない。代々木村の上原地区というところなのだ。代々木八幡駅と東北沢駅が地面の駅なのに代々木上原駅だけが高架なのは、代々木八幡駅が宇田川の低地にあり、東北沢が高台なので元々低地にあった代々木上原駅は高架にせざるを得なかったのだ。渋谷川の支流に宇田川と河骨川(こうほねがわ)があって、代々木山谷から流れ出て代々木八幡山の東(小田急の線路のところ)を流れていたのが河骨川、大山町を含む上原と西原の野水を集め、初台川、富ヶ谷川を拾って河骨川と合流し、渋谷駅付近で渋谷川に注ぐのが宇田川だよ。昭和30年頃までは川というよりは湿地帯といった状況だった。代々木上原駅の下が宇田川渓谷の低地で、北は代々木山とその西の高台(大山・西原)、南は上原(うえっぱら)と呼ばれていた。つまり宇田川渓谷は代々木本村(元代々木)で、この本村から見て高台の平坦地だから「上の原」「うえっぱら」な訳。山手通りの富ヶ谷交差点(谷底)から井の頭通りを西に進むと二度坂を上るが、代々木高校の前辺りで登り切ると平坦な地面が甲州街道まで続くよ。代々木上原はまあほぼ中級の住宅街だ。小田急代々木上原駅は西原3丁目にある。

 代々木村上原。明治22年代々幡村大字代々木字上原、大正4年代々幡町、昭和7年渋谷区代々木上原町。同38年小田急線以北を除く代々木上原町に、代々木本町のごく一部・代々木富ヶ谷町(山手通りの西、井の頭通りの北)・小田急線以南の代々木大山町をあわせた町域を現行の「上原」とした。

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