【イチガヤコウラチョウ】市谷甲良町の由来

 町の西側にあった甲良屋敷による。江戸時代は清泰院(市谷加賀町参照)の老女栄順尼の屋敷だったが、のちに僧了秀に譲り、元禄十三年(1700)幕府作事方棟梁甲良豊前宗賀(甲良家3代目)の拝領地となり、正徳のころ町場となって「市谷甲良屋敷」と称した。その跡地は柳町25番地のブロックだ。

 市谷村。明治2年甲良屋敷の東側武家地をあわせて市谷甲良町を起立。平成2年市谷柳町・市谷加賀町2丁目の各ごく一部をあわせて現行の「市谷甲良町」とした。市谷小学校の向かいで大久保通りに面している。

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