【アカギモトマチ】赤城元町の由来

 赤城明神社にちなむ。〝元〟は牛込赤城町より牛込赤城明神表町のほうが古く〝元からある〟との心意気を表わしている。赤城明神社は初め早稲田鶴巻町のほうに勧請され、その後太田道灌によって牛込門内に移され、弘治元年(1555)9月に大胡重行の子の勝行が現在地に移したという。

 牛込村。江戸時代は赤城神社・別当寺等覚院門前(明治2年牛込赤城明神表町)・天徳院門前(明治2年牛込赤城町)・宝蔵院・清隆寺と士宅・牛込改代町の飛地。明治5年これらが合併し牛込赤城元町となり、同44年牛込の冠称を外した。平成元年赤城元町と接する矢来町・神楽坂6丁目・赤城下町各町と境界調整を行った町域を現行の「赤城元町」とした。

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